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プロフィール

それぞれ命の危機を乗り越えた先に見た景色。

家族の時間が動き出した。

最終回になります。

3回目の記事はこちら。

関連記事:手術当日。世界で一番感謝し、世界で一番憎んだ。

自分の手術は終わった。

休職中は実家もしくは自宅療養が基本となるので、迷うことなく自宅へ戻ることを選んだ。

単身赴任先で引っ越し作業が完了すると同時にダッシュでタクシーに駆け込み、一番早い飛行機ギリギリ間に合い飛び乗った。
空港の近くに住んでいたこともあり、家を出てから飛行機に乗るまでたったの20分だった。

妻には「飛行機遅くて面会時間に間に合いそうにない。明日朝一で行くね。」と伝えた。
今度こそサプライズ(?)出来るとニヤニヤしながら妻とお腹の子供に会いに行ける喜び、幸せを飛行機の中で一人噛みしめた。

計画実行。何も言わずに病室に入ると妻は「\(◎o◎)/!」こんな顔をして驚いた。
心の中でガッツポーズを決めた。
妻は「来ると思った笑 パパ、お帰り♪」と言った。

沢山話したいことがある。

「子供を守ってくれていてありがとう」

「心配かけてごめん」

「身体は大丈夫?」

言いたいこと、聞きたいこと沢山がある。何から話そう。
色々な感情が湧いてきた。

妻を抱きしめ、溢れ出てきた言葉は

「愛してる」

 

大量出血。仮死状態。大雪。真っ白。

帰宅した私は、単身赴任先の荷物を荷ほどきしたり、妻と子供を迎えるために家事を行いながら、面会に行く日々を開始した。

実は、単身赴任先では洗濯機を持っておらず、毎回手洗いしていた。
妻に怒られるまで冷蔵庫も無かったので、電気代が1,000円を切ったこともあった。

そんな生活を送っていたので、洗濯機の有難さは誰よりも知っていると自負している。
なので、ここぞとばかりに思いっきり洗濯機を使ったら物干しが洋服屋さん状態になった。

洗濯物

 

2月。私が戻ってから2週間後、記録的な寒波と共に、遂にその日が来た。
出産予定は朝9時。

前日の夜は、不安にならず考え事もせず、意外とスムーズに眠れた。
「父になる」というプレッシャーよりも「手術を乗り越え精神的に強くなった」という方が勝っていたのだろう。

当日、朝5時過ぎ。一本の電話が鳴った。

「まさか」

と思ったが、案の定、病院からだった。

「奥さんが車椅子から落ちて大量に出血しています。すぐに緊急手術で帝王切開を行います。来れますか?」

その電話を聞いて、すぐに家を飛び出した。
空からチラホラ雪が舞い降りてきた。

大通り沿いを病院方向に走れど走れど、タクシーが捕まらない。
家から3kmほど走ったところで、やっとタクシーを捕まえ病院へと向かった。

テレビドラマみたく「妻が!子供が産まれるんです!運転さん急いで下さい!」と言った。
ちゃんと運転手さんは交通ルール、常識の範囲内で迅速に病院へ急いで下さった。
お陰で出産に間に合った。

妻は全身麻酔で帝王切開、命の危険があった。
原因は、妻がトイレに行く際「看護師さんとの連係ミス」で、妻が座る寸前に看護師さんが車椅子を引いてしまい、尻もちをついたことで起きたことを後から聞かされた。

前置胎盤、大量出血、緊急手術。

緊急だったので予定とは違う執刀医の先生だった。
この執刀医がとても優秀なお医者様だったお陰で、妻は後遺症などなく無事だった。

子供は「新生児仮死」という状態で生まれてきた。
新生児仮死と聞くと、非常に重く感じるが、「出てきたけど泣かない状態」のこと。

泣かない=自発的に呼吸ができないため、保育器に入れて管を通して人工呼吸となる。
そして「NICU」という乳児の集中治療室へと運ばれる。

手術室からNICUへの移動中に初めて子供と対面した。
正確に言うと「見送った」に近いのかもしれない。命に関わる一大事なので、まじまじと見る時間などあるわけもなく、通り過ぎて行った。
ほんの数秒ではあったが、初めて見る我が子に「遂に産まれてきたんだ。俺、父親なんだ。」と、実感が湧いた。

それから数時間後、手術を終えた妻が病室へと運ばれてきた。
まだ全身麻酔が効いているから意識は無い。
普段、色白な妻は半年間にも及ぶ入院生活で更に色白になっていたが、貧血状態で更に真っ白になっていた。
呼吸器、点滴、心電図…色々な機器をつけた妻。

妻は、自分がこんな状態になろうとも「産みたい」という一心で命懸けで向き合ってくれた。
私は、そんな妻を見て感謝してもしきれないほど感謝の気持ちでいっぱいだった。
生涯をかけて幸せにする。一生そばに居て寄り添い守り続けると誓った。
夫として、父親として強く強く、強く生きると決意した。

30分ほど、そんな妻を見つめ冷えた手を握っていると妻の意識が戻った。

「赤ちゃん…大丈夫?」

妻は呼吸器をつけ、全身麻酔あけで吐き気が止まらない。
そんな状態でも声にならない声で子供の安否を気遣った。

「大丈夫。無事に産まれてきてくれたよ。今はNICUで必死に生きようと頑張ってる。」

今度は子供が頑張る番。

「大丈夫。こんなにも子供を大切に思う両親がついてる。絶対に大丈夫。」

妻が初めて子供と面会できたのは翌日になったが、自らの足で歩いてNICUまで向かった。
帝王切開の人は皆、翌日には歩かされるらしい。

やっと家族三人の時が動き始めた。

 

長い長いNICU生活が始まった

子供は男の子。体重は2,114g。35週と3日。「新生児仮死」。
そのほかにも色々と診断され、説明されたが幸い深刻な問題はないようだ。

母子手帳

 

 

NICUを退院して自宅へ一緒に帰るためには「体重が3,000g」「呼吸が安定すること」。
これが最低条件とのこと。

妻以上に沢山の管や機器が装着されていたが、「自分たちの子供なら絶対大丈夫。」と信じていたから不安は無かった。

私たちは、毎日毎日、面会時間の最初から最後まで会いに行って共に過ごした。
最初は保育器の外から眺めるだけ。

数日して保育器に手を入れ、優しく優しく触れられるようになった。

1週間が経ち、初めてオムツを替えた。

10日が経ち、妻がやっと退院した。

2週間が経ち、初めて抱っこした。

1ヵ月が経ち、少しずつ色々な管が取れ始めてきた。

2ヵ月が経つ少し前、やっと退院予定日が仮予定で組まれた。

「もうすぐかなー、赤ちゃんが家に居る生活、楽しみだね。」そんな会話をしていると、
主治医から呼び出しがあった。

何やら看護婦長も同席するようだ。わざわざ応接室に通された。

「非常に申し上げにくいのですが…」

…一気に緊張が走った。

確か、そろそろ退院が見えてきたからと、義務付けられている検査や予防注射を行った結果が出る頃だからだ。

 

「実は、大変申し訳にくいのですが、こちらの手違いで…」

「手違い」という単語を聞いて、一瞬意識が飛びそうになった。

「こちらの手違いで、義務付けられている予防注射をしておりません。」

「これから打つこともできるので打ちますが、注射の入手には日数がかかり…」

要するに、

  • 病院のミスで国で定められている予防注射をしていない
  • 打つにしても間隔を空ける必要があり日数がかかる
  • 打つにしても取り寄せに日数がかかる
  • 注射を打つことで、(一般的に)何か副作用が出る可能性は否定できない

ということだった。
そもそも妻が尻もちをついたのも、座ってないのに車椅子を引いたことによる大量出血の件、注射を打っていない件も病院側に問題がある。

どちらの件に関しても、病院側に直訴したところで現実は変わらない。
そして、どうあがこうと注射を打って経過を見ない事には退院できない事実は変わらない。

最大限の謝罪と誠意を見せて頂くよう「お願い」したが、結局、看護婦長、主治医からの回答は「謝罪しか出来ない。これ以上の誠意を見せることは出来ない。」とのことだった。

正直、信じられなかった。
あと一瞬、引くタイミングがずれていたら、妻も子供もこの世に居なかったかもしれない。
適切なタイミングで注射を打っていれば、早期に見つかった問題があったかもしれない。

しかし、それと同時に執刀医の先生が非常に優秀だったお陰で無事だったことも事実である。
24時間体制でNICUで働いてくれている看護師さん達がいるからこそ、子供が生きていることも事実である。

そして、結果として妻は元気に生きているし、子供も快復、成長している。
この事実を感謝している旨を病院側に伝えると同時に

「こんな思いは私達だけでもう十分。二度と同じことが無いように再発防止を強く求める。」

とだけ伝え、この場は収めた。

そして注射を打ち、60日間という長いNICU生活を経て、家族がやっと一つ屋根の下で暮らし始めた。

 

これからの私達

私は「1年間の休職」という期間を自身の回復と、やっと始められた新婚生活、子育てに全てを注ぎました。

最初は不安で仕方なかったから、妻と私で昼夜交替で見守る生活をしていました。
しかし、両親の不安とは裏腹に、子供は順調に大きく成長してくれました。

休職期間が満了となり、私が会社に復帰する頃には、同じ月齢の子と何も変わりないほど元気いっぱいに動き回り、私たちの生活を明るくしてくれ、幸せに包んでくれました。

一度は元の会社に戻った私ですが、やはり悪しき風習は変わっておらず、
復帰明けにイジメにも遭いましたし、変わらずサービス残業もしました。
高圧的に暴言を吐かれて泣いている中年の社員もよく見かけました。

私は「やっぱり私が居るべき場所はここではない。自分の人生の主軸は家族にある。」という思いから、「家族との時間を優先できる生活環境」を生きるために、会社員として生きることを辞めようと決意しました。

しかし、いきなり辞めてしまっては生活できないことは分かっています。
なので「副業」という形でブログを書いたり、ネットショップを経営したり、少しずつですが「自分の力で稼ぐ力」を鍛えています。

必ず私は自分の力で稼げるようになり、愛する家族との限りある時間を1秒でも長く、1秒でも多く幸せだと感じられるように突き進んでいきます。

家族思いで心が綺麗で、強くて綺麗で可愛い自慢の妻を幸せにするため、
元気で優しくて好奇心旺盛で頭が良くて面白くて仲間思いな長男を幸せにするため、
そして、新たに産まれてきてくれたパワフルで明るくて笑顔が可愛い次男を幸せにするため、

 

私は今日も生きています。

 

家族

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
ゆーが

 

 

 

To be continued…

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